2007/11/09

掲示板の調子が悪い

最近、喫茶「おーびっと」として使っている掲示板が全くつながらない。
まぁ、これも良い機会と言うことで、掲示板を止めてブログに一本化しようと思う。
その方が過去ログも探しやすいし、保存も簡単。
少し使いにくいのは、慣れるしかないかな?
ということで、掲示板はこの先更新はないかも。

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2006/01/17

働く

「働く目的はなんですか?」なんて質問があるけど、何だって良いじゃんと思う。
それが金銭的数字でも、なんでも。

スポーツだって本来、体力増進か、はたまた自分を守る為に相手を倒す(格闘技)とかだったんじゃないの?
でも今は、記録という数字が目的になってるよね?
客観性を求めるための数字がいつの間にか手段に・・・??
なんて事を言い始めると、単なるチャチャ入れになっちゃうけど。


さて、オリジナル不明だけど、一寸示唆に富んだ寓話を紹介。(多分見つけたのは2チャンネルの書き込みだと思うけど)

メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも活きがいい。

それを見たアメリカ人旅行者は、

「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」

と尋ねた。 すると漁師は

「そんなに長い時間じゃないよ」

と答えた。旅行者が

「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」

と言うと、漁師は、
「自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だ」
と言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」

と旅行者が聞くと、漁師は、

「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…
ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。

いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。

お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。

その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。

そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。

その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。

きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」

と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」

なかなか良くできた話だけど、考えさせられるよね。
何のために働くのか?そしてそれは本当に自分の求めるものなのか?たまには考えてみるのも良いかも。
しゃかりきになって、数字の目標を立て、それに向かってひたすら頑張る。それもいいけど、全てのスポーツ選手がオリンピックや記録を目指している訳じゃないように、もっと別の働き方もあってよいのかな、と思う。
自分を甘やかす訳ではないけど、長いスパンで見れば、多少の時間の早い遅いは気にせず、少しずつ成果を積み上げていく働き方もあって良いのかなと思う。
ティルオイレンシュピーゲルの言葉に「ゆっくり行けば間に合わない。急いで行けばたどり着けない。」(だったかな?)がある。
こわれそうな台車に荷物をたくさん積んだ旅人に対する忠告だったと思う。
人生についても同じかもしれない。あわてず、急がず、でも怠けず、着実に出来ることを毎日やる、ってのが私には合いそうだ、と思う。

そんな事を考えていたとき、偶然に以下の様なメールをもらった。

私の抱負は、「前向きに生きる!」ということです。(^o^)

もちろん去年も、後ろ向きではなく前向きに生きましたが、今年は「もっと前向きに生きたい!」ということです。

そのためには、「視点を変える」ことが大切です。

たとえば、「物事を長い目で見る」というのも、視点を変える上で効果的です。

…かつて私も、人並みにいろんな危機を体験しました。

その渦中にいるときには、「明日のあの問題はどうしようか!来月は…!」と青くなっていたものです。

でも、それなりの時間が経過した今、それらは「良い思い出」、あるいは「笑い話」になっています。

つまり、「危機的状況も、長い時間が経過すれば何てことはなかった!」ということが、この世には実に多いんです。
(もちろんそうじゃない事も、たま~にありますが… :-)

ですから、今何かの問題を抱えていて、「10年後にはきっと、良い思い出になっているさ!」と考えるんです。

そうして明日のことを思い煩わず、今日できることを淡々と成す!うん。

そもそも人間というものは、明日この世に存在しているかどうかも判らないでしょう…? (^_^;)

“明日のことは明日が心配します。

労苦はその日その日に、十分あります。”

       聖書 マタイ伝6章

へ~、なんか偶然だねぇ。シンクロニシティかと思っちゃった。
でもまぁ、同じ様な事を考える人がいて一寸安心。

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2005/09/20

朝日新聞の落日

 朝日新聞が「朝日伝聞」とか「(捏造記事に対して)それがアサヒ・クオリティ」とか言われて久しい。
古くは「伊藤律架空会見記事」とか「珊瑚礁捏造記事」、最近では「NHK報道捏造記事」、「田中長野県知事発言捏造記事」など数限りない(参考)。
その虚報体質、捏造体質はかなりの方がご存知だと思う。
まさしく、「マスコミ」ならぬ「マス・ゴミ」の象徴の様な存在。
そんな新聞を、酔狂にも購読しようなどと思ったことは一度もない。

 さて、私が現在購読している新聞は「日本経済新聞」で、かれこれ10年以上(もっと?)になる。
これはこれで問題がある(中国礼賛が過ぎるとか、経済記事の予測が外れっぱなしとか、渡辺淳一のエロ小説を朝刊に載せていることとか)のだが、まぁまだマシな方かなと思っている。
なにより新聞の勧誘が来ても「悪いねぇ、うちは日経しかとらないんだよ」で退散させることが出来るのも強み(?)。

 ところが、昨晩新聞販売所の担当者が「日経を永く購読されているのは、重々承知しておりますが、うちも朝日新聞の販売所でもあるので、朝日を取ってもらえないでしょうか?」と言ってきた。
私:「私は朝日新聞が嫌いなんですよ」
担当者:「それはどういったことでしょう」
私:「あんな偏向した新聞とれると思いますか?」
担当者:「そうですか。でも、いま朝日の部数が極端に減っていましてなんとかお願いしたいのですが。」
私:「あんなおかしな記事ばかり書いていたら駄目でしょ」
担当者:「そうなんですよね。・・・・わかりました。」
あちこちで断られているのか、諦めて帰っていった。

 今まで余所の新聞勧誘が来ることはしょっちゅうだったが、この販売所からは来たことが無かった。(継続して日経を取っている事を知っているから)
それが、これほどあからさまに「部数が激減して」とまで言って勧誘に来るなどとは。ある意味驚きだ。

朝日新聞、かなり追いつめれれてきていると見た。
日本の将来のためには、これは喜ばしい事だと思う。

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2005/07/15

あんたら何様!?

東京行き快速電車の閉まりかけたドアをこじ開けて乗った男性客に対し、車掌が「駆け込み乗車は危険です。大けがをすることになります。それで大けがをしても、そちら(乗客)の責任です」と車内アナウンスしたそうだ。

「駆け込み乗車 ケガ自己責任」 車掌発言
「正しい注意」 擁護論多数
「言い方の問題」 識者指摘

私は極めてまともな発言だと思うね。
大体、閉まりかけたドアをこじ開けて乗るような奴が怪我をしたら、その責任は誰にあるというのか?
まさか、緊急停車させなかった車掌や運転手にあるとでも言うつもりか?
しかし、この識者なる馬鹿者どもの発言はふざけてるのか偽善なのか、一体なんなんだ?

元NHKアナウンサーでテレビキャスターの草野仁さん(61)は、駆け込み乗車をやめさせなければならない車掌の立場に理解を示しながらも、こう指摘する。「歩行者の飛び出しが原因で起きた交通事故で、ドライバーにも責任があるケースは少なくありません。同様に、駆け込み乗車が事故につながったとしても、責任が100%乗客にあるとは言い切れないのです」

 そうである以上、初めから責任の所在を断定するような言い方は適切ではない、と草野さんは言う。「ましてJRはサービスを提供する側なのですから」


はぁ?
なんでここで交通事故の例を持ってこなければならないんだ?
「歩行者の飛び出しが原因で起きた交通事故で、ドライバーにも責任があるケースは少なくありません。」
というのと、
「駆け込み乗車が事故につながったとしても、責任が100%乗客にあるとは言い切れないのです。」
との間にはかなり距離があると思うがねぇ?この人には同列に見えるらしい。
そう言うのを「論点逸らし」と言うのじゃないのか?
もう一度言うよ。この乗客は「閉まりかけたドアをこじ開けて乗って」きてるんだ。そのような奴が怪我をしたら、100%とは言わなくても過失割合は90%以上はその乗客のものだろう。
さらに「ましてJRはサービスを提供する側なのですから」も噴飯モノだ。
JRは「サービスを提供する側」である以上に「安全管理を義務づけられている側」でもあるんだよ。
何か事があれば、真っ先にJRを非難するのは君たち「識者」だろうが。
この記事に並んでいる3人の「識者」に共通するのは「現場を知らない、綺麗事だけの人間達」だということだろう。
お前たちに何がわかる?と言いたい。

路線バスの運転手を36年間務めた東京の五十嵐八男さん(66)がこう仰っているらしい。
 

五十嵐さんは、今回のケースについても「安全を第一に仕事をしている中で、表現を選ぶ余裕などなく思わず口に出た言葉だったのでしょう」と推測し、鉄道やバスの利用者にこう語りかける。「絶えず瞬間瞬間の判断を迫られながら安全を積み重ねていく現場の事情も、どうか分かってやってほしいのです」

まったく同感だ。
事件や事故はおたくらの様な、のほほんとした所で起きてるんじゃないんだよ。
お前たちは、建前の綺麗事ばかり言って恥ずかしくないのか?ふざけるな!と言いたい。

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2005/03/28

これでも横断というのか?

産経新聞(ソースは共同)によると、

手こぎボートで太平洋横断 仏女性、73日で  フランスからの報道によると、ペルーを1月に手こぎボートで出発したフランス女性、モード・フォントノワさん(27)が、太平洋約7000キロを73日かけて横断、26日にフランス領ポリネシアのヒバオア島に到着した。

 フォントノワさんは2003年に手こぎボートでカナダからスペインまでの大西洋約6700キロを117日間で横断、これも女性で初の快挙だった。

 今回フォントノワさんは、1947年にノルウェーの探検家、ヘイエルダール氏(02年死去)がコンティキ号と名付けたいかだで漂流実験を行ったコースをたどり、ペルーのカヤオを1月12日に出発。ヘイエルダール氏は101日かかったが、フォントノワさんは予定より1カ月以上早く到着した。女性が手こぎボートで同じルートを横断したのは初めて。

 ボートは全長約7メートル。転覆事故もあった。まめがつぶれた指と日焼けした背中が痛いというフォントノワさんは「女性でもヘイエルダールのような冒険ができることを示したかった」と喜びを語った。(共同)

(03/28 10:35)

このヒバオア島ってほとんど太平洋の真ん中あたりでしょ?タヒチだからオーストラリアとペルーの中間辺りのはず。

これが「太平洋横断」として認められるなら「ジェラール・ダボビル,手こぎボートで太平洋横断に成功」の価値はどうなる?
安易すぎるタイトルだと思う。
「女性だから」じゃないでしょうね?

ところで、「手こぎボート」とは言うけど、普通の感覚でのボートじゃないね(当然か?)
全長が7mクラスだからかなり大きい。
これを一人で漕ぐとなるとかなりの体力が必要。だから、記事のタイトルとは別に、それは認めるべきだとは思う。
だから、安易なタイトルはせっかくの偉業にケチを付けることにならないか?と思ってしまうのだ。

「コンチキ号漂流記」は子供の頃興奮して読んだ記憶がある。
自分達の知らない海洋生物が太平洋にはいるんだ、と思ったものだ。
巨大なイカとかタコがいて、見たことのない巨大な海洋生物なんかに遭遇したらどういう気分だろう?なんてね。

冒険家にあこがれはしないけれど、その勇気と行動力には拍手を送りたい。
それだけにマスコミの安易さが余計に腹立たしい、と思うのは変だろうか?

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2005/03/26

google八分(?)

村八分をもじったもので、googleの意向に沿わないものは検索対象から除外されることを言うらしい。
同じ様なことは、MSNでもYAHOO!でも同様で、特に後者は掲示板などに特定のHPなどのリンクをはると、直ぐに削除されるらしい。

さて、今話題のLiveDoorも露骨に検索出来ないようにしているところがある。
例えば、「nikaidou.com」などは他の検索サイトでは検索できるが、LiveDoorでは全く検索出来ない。
既存のマスコミを批判しながら、自分に都合の悪い記事を書くサイトは検索できないようにする、という態度はいかがなものか?

誰が言ったか覚えていないが「あなたの意見は承伏できないが、あなたがその意見を述べる機会は保証しよう」と言うのが民主主義の最低線のはず。
そう言う矜持は彼らには期待できないのだろうか?

G・オーウエルの作品「1984年」のビッグブラザーは直ぐ其処にいるのだと思う。

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2005/03/25

ブログを作ってみた

とりあえず、ココログにてブログ・デビューしてみた。
どういう使い方ができるのか、これからの課題。

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