2009/07/15

何が無くてもビールでしょ

「あなたが好きな飲み物は?」って聞かれれば、

「何が無くてもビールでしょ」

と即答で答えますね、はい。

特にこれからの暑い日、運動をした後のビールは何物にも代え難いです。

あのノドごしと爽快感はどんな飲み物も敵わないのではないですか?

コーラ?ノンノン。

スパークリングワイン?ノンです。

やはり冷えたビール。

ジョッキで飲むもいいけど、私は少し細めのコブレットで飲むのが好き。

泡が綺麗に出来るし、直ぐに飲み干せるのが良いですね。

最近は、発泡酒や第三のビールに押されていますが、泡立ちのキメ細かさ、味わい、コクを考えたらビールにはまだまだ追いついていません。

 

昔は大手メーカーのラガービールか生ビールくらいしか選択肢が有りませんでしたが、最近プレミアムビールや地ビールが増えて、その違いを楽しむのも良い物です。

私の住んでいるところは埼玉県の川越に近いので、「コエドビール」もなかなかおいしいですよ。

旅行へ行ってその地方の地ビールを飲むのも一興でしょう。

そうそう、旅行と言えば昔、札幌で飲んだ生ビールは本当においしかったなぁ。

暑い季節で、でも空気が乾いていて、そしてノドも乾いていた。

本当に生き返った様な新鮮な感じがしたものです。

 

海外で飲むビールもまた違った味わいが有って、機会があれば是非とも。

最近では台湾で飲んだ「台湾ビール」の「金牌(ゴールドメダル)」もおいしかったですね。

なんでも「世界のビール評議会で金メダルに5回も選ばれた」とか。

侮れません。

フィリピンでは、グラスに氷をいれて飲むのがフィリピンスタイルですが、それはそれでおいしく飲めました。

郷に入っては郷に従えですね。

 

あぁ、なんだかビールが飲みたくなってきました。

一仕事終えた後に皆で乾杯するビールも良いですよね。

「とりあえずビール」ではなく「何はなくてもビール」です。

さぁ、おいしいビールが飲めるように、仕事をもう一頑張りしますか。

「ねぇ、ビールまだぁ?」(笑)

 

 



なかのひと

 

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2009/02/09

Valentine Dayを本来の形に

今のValentine Dayは本来の趣旨から外れてると思いませんか?

昔は、控えめな女性、内気な女性が多かったから、「年に一度だけ、好きな男性に女性から告白できる日」は貴重だったと思う。

それはやはり男性においても似たような事があって、好意を持っていながらなかなか恋人関係に移行出来ない男性が、この日のおかげで晴れてカップルにと言うことがあったはず。

それが今は、業者の思惑に乗せられて「義理チョコ」等というものが広く一般的になってしまった。

一大決心をして「愛の告白」のつもりで渡したのに、「はいはい、義理チョコありがとうね」では年に一度のValentine Dayのありがたみが無いでしょう。

男性にしたって「どうせ義理チョコ。ホワイトデーのお返しを考えるとあんまり嬉しくないよね」になってませんかね?

 

でも、現状を嘆いてばかりでは何も変わりません。

ここで提案。

「義理チョコは配りません、受け取りません」宣言をしてはどうでしょう?

一部の会社ではそう言う宣言をしてるところもあると聞きます。

チョコレート業者にとっては「なんてことを!」でしょうけど、やっぱりValentine Dayは本来恋人達、特に恋人未満の若い男女の為の日なんだから、元の形に戻しましょうよ。

なんだか形だけのValentine Day、義務化したチョコレートのプレゼントはやっぱりおかしいでしょ?

 

えっと、今年は不景気だから財布が寂しい、と言うのが理由じゃないですよ(笑)

 

話は一寸横道に逸れますが、携帯電話の普及は恋愛関係を軽いものにしてしまったんではないでしょうか?

私らが中高生の頃、いやそれ以上の年代の時でも、恋人に電話するのは勇気が必要でした。

まして、家の人が出て「どちら様ですか?」なんて言われたら緊張は最高に達するわけで。

でも、そう言ったハードルを越えて晴れて関係が認められれば公然とおつきあいが出来たもの。

家族にしても息子や娘が誰と付き合っているのかはちゃんと分かるわけで、それだけでも安心だったと思います。

今は、その辺のハードルが無いので、簡単に付き合って簡単に別れてしまうのではないでしょうか?

 

で、Valentine Dayも「一年に一度、勇気を振り絞って告白」と言うのも良いと思うのですけどね。

はい、おじさんには遠い昔の話ですが(^^;

 

 

なかのひと

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2009/01/16

(経過報告あり)今年の抱負「自分磨きに時間を」

もう年が明けて2週間も経っているが、今年の抱負を書いておこう。

きっと、年末にその結果が出ているだろうから。(また、これを書くことに依って自分にプレッシャーをかける意味もある^^;)

 

さて、年が明けて直ぐに私はいくつかの学習目標を立てた。(詳細は秘密^^;)

実は、去年一年は仕事以外では精神的にだらけた一年だったと反省している。

なんとなくやる気が出ないで、惰性で流されていたと白状せざるを得ない。

しかし、今年は世間でも言われてるように大不況だ。

ご多分に漏れず、私の会社も仕事量が激減。

こう言う時はジタバタ焦っても仕方がない。

逆に言うと、日頃仕事に追われて(それを口実に)なかなか自分磨きの勉強が出来ないものだが、今年は勉強するにはもってこいの年とも言えるはずだ。

だって、自由になる時間は確実に増えるんだから。

結局、会社が潰れたとしても個人の能力さえ高めておけばどこででも働けるもの。

派遣村などで「仕事よこせ」「保障をよこせ」と言うような堕ちた人間にはなりたくないでしょ?

つまるところ、頼れるのは自分自身と自分の能力だけなんだからね。

私、「君はいい歳して学問が足りない」なんて言われたくないですからね。

 

でも、勉強というと「そんな時間ありません」と言う人がいるけど、勉強時間なんて30分でも良いのだ。

それも細切れの時間で十分。

でもその為には「ウエィティングリスト」を作っておかないと駄目。

これ、「5分空いたら何をしよう、10分ならばこれをしよう」というリスト。

それを作るのが面倒なら、いつも鞄に課題としている本を入れておくとか、車で移動するならCD教材をいつも車に積んでおくとかするのも方法だ。

活用出来る時間と方法は色々あるはず。

 

でもね、それでもやっぱり怠けてしまい勝ち。

それが人間だもの(笑)

だから、やっぱりいつも目につくところに今年の目標を貼っておくことが一番大事なのだと思う。

私は、それをマインドマップにまとめた。(大きな枝は仕事関係の専門知識、経営関係、語学、趣味、読書など。今も、そこから枝が伸びている状態。さらに細かく伸びるだろう)

これは一目でイメージとしてよみがえるのでお薦めだ。

その内いくつ出来るか、全部出来れば一番良いけど、一つでも出来ればそれで良いのでは?

それでも確実に成長したと実感できるはず。

だから、目標は欲張っていても全然問題ない。

 

なので、

「今年は、自分磨きの一年にする」

これが私の抱負だ。

 

 

追記:

一応、学習目標に入っていることは今現在継続中。

成果が出始めてるもの、皆目見当もつかないけど続けてるもの、いろいろだ。

やっぱり毎朝目標を見ると、例え5分でもやろうと言う気になるものですね。

「大人になってからの勉強が本当の勉強」と言います。

お互い頑張りましょうね。

 

 

 

経過報告(とりあえず途中経過):2009/02/16

いくつかやってる「お勉強」ですが、その中でも語学力として英語を底上げしようと思ってお勉強中です。

やはり原文をスラスラ読むには語彙力が圧倒的に不足しているのは分かっていたのですが、なかなかボキャビルに力を入れるまでには至っていませんでした。

で、ずっと本棚に眠っていた、

ディビット・セイン著「しりとりEnglish1000」ダイヤモンド社刊

と言うのをやっていました。

本当なら一日100語、2週間で1000語達成するのですが、流石にこの歳では(?)一日100語は時間的にも無理。(真面目にやると100語を憶えるには何回も繰り返し聞いて発音してをやらないといけないので2時間くらいは掛かる)

で、遅くなりながらも今日とうとう達成しました。

これからも繰り返して記憶の定着をしないといけませんが、一寸ばかり自信になりますね。

他にも英語関係でやってるものがあって、それは一回目は終わって2回目に突入。

大分憶えてきたけど、まだまだかな。

その他語学以外の事もやらないといけないし、本も読まないといけない。

時間は無駄に出来ませんねぇ。(って無駄な時間がまだ多いのですけど^^;)

とまぁ、そんな感じで今のところ「自分磨き」は継続中です。

やっぱりこのエントリーを立てたのは正解でした。

p.s.:ところで、入賞したのですが今現在賞品はもらっていません。

問い合わせのメールも入れたのですが、なしのつぶて。

こういうものなのかなぁ?

ま、もらう身としてはあまり強くも言えないか。

気長に待ちましょう。

 

 

 

 

 

なかのひと

 

 

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2008/11/30

クリスマスの思い出

今から40数年前。

私の家は貧しかった。

日本は高度成長に向かっていたけれど、我が家だけはそれに取り残されていたと言うべきかも知れない。

建具大工だった父はいつも自宅の仕事場で黙々と仕事をしていた。

きっとサンタクロースがいるものと信じていた幼かった私。

「ねぇ、父ちゃん。クリスマスにはサンタのおじさんは何をプレゼントしてくれるのかなぁ?」

そう聞いた私に、父と母は50円玉を渡しながら、

「これで思いっきり好きなものを買ってくればいい。それがクリスマスプレゼントだ」

と言った。

当時の私には50円はとても大金だ。

わたしは喜び勇んで近所の電気屋(何故か駄菓子類も売っていたのだ)へ行き、ボール紙で出来た小さな靴に、食べきれないほどの御菓子を目一杯詰めてもらって帰ってきた。

うれしかった。

でも、少しだけ寂しかった。

それ以来、クリスマスを自分から話題にすることは無くなった。

 

その後、建具はアルミサッシに押され、需要は減るばかり。

父は出稼ぎに出ざるを得なくなった。

年末になると帰ってくる父は、色んなプレゼントを持ち帰ってきてくれた。

それは少し遅いクリスマスプレゼントだった。

「サンタクロースは父親なんだな」

幼い頃に感じたうれしさと寂しさを感じる時でもあった。

 

そしてまた時は流れ、父と母は地元のアルミサッシメーカーに非正規社員として勤めることになった。

父は3交替、母は2交替の勤務。

クリスマスの日、母が夜勤の時もあった。

父が深夜勤務の日と重なることもあった。

そんな日には母が社内販売で買ってきたクリスマスケーキを、母が帰ってくる夜遅くまで待って、兄と一緒に食べたものだ。

 

一番上の姉は中学を卒業してすぐ、町の紡績工場に就職し、寮に入っていたので家にはいなかった。

姉は成績が良くトップクラスだったが、当時としては高校進学はまだ6~7割程度だったと思うし、家庭の経済状況から、仕方のないことだったろう。

当然、私も中学を卒業したら働きに出るものと思っていた。

だからというわけでもないが、中学に入って直ぐの時には学年トップになったこともあった私は、その後は辛うじて上の下と中の上に留まっている程度になっていた。

 

そんなある日、母が何故か万年筆を買ってきてくれた。

そして「お前は高校へ行け」と言ってくれた。

え?高校へ行けるの?

でも、普通科を出ても大学へ行ける訳が無いのはよく分かっていた。

普通科を出て事務員になるのはいやだった。

ならば工業科か?

でも、工業科はガラが悪いし、レベルが低いからなぁ。

そんなことを考えていた時、一学年上で地元の国立高専に入っていた先輩が「高専に来い」といってくれた。

調べてみると、国立なので学費はただみたいに安い。

しかも学生寮があるので通学しなくて良い。

寮費は食事込みだから多少高いが、それでも格安だ。

ただ、その当時の高専の入学倍率は高く、担任は母に「まぁ、合格は難しいでしょうね」と言っていたらしい。

その後一念発起した私は、詰め込み勉強をしてなんとか滑り込むことが出来た。

高専への合格は本当にうれしいことだった。

そのおかげで、私は今もこうやってエンジニアとして人並みに暮らすことが出来ている。

 

考えてみるに、あの万年筆と「高校へ行け」と言ってくれた母の一言が、季節外れだが最高のクリスマスプレゼントだったのかも知れない。

 

 

追記:

貧しくても意欲ある学生に、高等教育を受けるチャンスを与えてくれる日本国には感謝しないといけない。

そういう機会を国が与えてくれるなら、それは最高のプレゼントではないだろうか?

出来ればこれからも、そういう素晴らしい国であって欲しいと願う。

 

 

 

なかのひと

 

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