2009/08/16

8月15日

今年も例年通り、昨日靖国神社に参拝しました。

 

8時少し前に昇殿参拝の受付をして、しばらく待合所で待って、8時半過ぎから昇殿参拝をしたのかな?と記憶しています。
我々の班(広島県の団体参拝とその時点で受付が終了している個人参拝が一緒)が一番最初だったのですが、その前にSPの方々が昇殿参拝をされていました。

おそらく、その前に安倍さんや小泉さんが昇殿参拝を済まされていたのかも知れませんね。

 

本殿にてお祓いを受け、御神酒をいただき、後は供物をいただいておしまいです。
それから到着殿前に移動して、だれか政治家の到着はないかな?と見回しましたが人垣が厚くて断念。

その中にオフ会での顔なじみはいないかなと、辺りを目で探しましたが見つかりませんでした(^^;

その後、靖国神社崇敬奉賛会の年会費(まだ払っていませんでした)の支払いを済ませ、遊就館で映画と展示物を見てお昼ごろから、再度到着殿前で待ってみました。

もう何年もこの繰り返しなので、顔なじみになった方も何人かいらっしゃいます。

ちょうど隣に、毎年お会いするおばさまと目が会い「いつもお会いしますねぇ」と世間話。
今年は政治家の参拝が少ないとか、マスコミも今年は少ない、石原慎太郎都知事はドイツへ出張で今年は来られない、残念だ、日教組は怪しからんなどなど。

途中から我々の世間話に割り込んできて「自民党は怪しからん。長年一党独裁で増長しておる。政権交代だ」なんて仰るオジサンもいましたが、それって本当に民主党がマシだと思っての言葉?と聞き返したい衝動を抑えて黙ってカメラをいじっておりますと、そのおばさまは、他人と話を合わせるのが上手で、はぁはぁそうですかと笑って聞いておられましたな。

私には出来ない芸当です(^^;

今年は閣僚はもとより、政治家も各選挙区に帰っていて忙しいのか少ない様で、そのためかマスコミもいつもと較べてこじんまり、人員も少なかったですね。
それはそれで良いことですが、天皇陛下や総理大臣がマスコミに騒がれることなく、普通に参拝できる日は果たして来るのでしょうか?
靖国神社は確かに特殊な存在ですが、私にとってはもっと親しみがあって身近な神社なんですよね。

だからもっと普通に首相が参拝していただける環境をなんとかして作っていきたいなぁ、と思うのですが難しいのでしょうね。

 

思い出したのですが、右翼が「靖国神社は日本の氏神様で、我々国民はその氏子だ」ってな事を言っていたのを覚えていますが、その台詞の当否は別として、なるほどなと一瞬思わせる言葉ではありました。

つまり、私が感じる親しみというのもそれに近いと思うからなんですよね。

 

別に、靖国神社に参拝しようとも、するべきだとも私は言いません。

参拝することが特別な事とも思いません。

でも、靖国神社に向かって手を合わせていると、いろんな思いが巡るんですよね。

そう言う日が有ってもいいし、他の日でも構わないんですけどね「敗戦の日」に手を合わせるのもまた意味があるように思います。

 

 


なかのひと

 

 

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2009/08/14

わかっていないねぇ

3つの意味で馬鹿げた話だ。

 

1.そもそも靖国神社では問題だと言う理由に「A級戦犯が祀られているから」というのがあるが、日本国民もそうだが、難癖を付けてくる特定アジア3カ国はA級戦犯の意味が分かっているのか?

 

2,靖国神社にはお骨も位牌も無い。あるのは霊爾簿だけ。新たな追悼施設を作るとして、霊爾簿を靖国神社から取り上げるのか?

そして、新たな追悼施設では、今後どのように戦没者を祀るのか?またこれから新たに出るであろう(例えば自衛官など)殉難者をどのように祀るつもりなのか?

まさか、取り上げた霊爾簿に追記していくのではあるまい。

 

3.少なくとも先の大戦での殉難者達は「靖国で会おう」と言って亡くなったのだし、送り出した側は「靖国で待っている」と言ったのでは無かったか?その約束を国は簡単に破って良いのか?

どんな追悼施設が出来ようとも、靖国神社に参拝をやめさせることも出来なければ、その追悼施設に行けと言うことも出来ないだろう。

 

以上の理由だけで十分だと思うが少し補足しよう。

まず、A級戦犯だが、 A、B、Cの区別は罪の重さによるランク付けではなく、GHQが戦犯を選定する際に用いた便宜的な犯罪の区分を示 すだけ。

もともとこれらは、
(イ)平和ニ対スル罪

   侵略戦争を謀議、遂行した罪
(ロ)通例ノ戦争犯罪

   戦争法規・慣例に違反した「(通常の)戦争犯罪」
(ハ)人道ニ対スル罪

   民間人に対する迫害や殲滅(せんめつ)を実行 した罪

でしかないのだ。

そして特に強調したいのだが、「平和に対する罪」「人道に対する罪」などに明確な法的根拠はなく、「A級戦犯」などと言う呼称は「通称」にすぎない。

だから、本来日本人は(イ)号戦犯くらいに言うのが正しい。

イロハかるたのイロハだ。

これならばどちらが罪が重い軽いと誤解しないだろう。

 

次に、千鳥ヶ淵戦没者墓苑と靖国神社との違いが分かっていない、もしくは意図的に混同した議論が多すぎる。

千鳥ヶ淵は「無名戦没者の墓」なのだ。

先の大戦の折に海外で死亡した日本の軍人・一般人のうち、身元が不明の遺骨を安置するための施設。

それに対し靖国神社に祀られているのは「日本の為に命を捧げた」戦没者、英霊であって無名の戦没者とは違う。

まして、戦没者墓苑と違ってそこには遺骨はもちろん遺品さえも祀られていないのだ。

あるのは名前だけ。

つまり国のために戦った英霊を顕彰するための施設と言っても良いだろう。(異論があるだろうことは承知)

したがって、遺族などの意向とは無関係に、宗教法人靖国神社の判断で合祀するか否かを決定できるのであって、どんな追悼施設が出来ようとも靖国神社が霊爾簿に名前を追加することを妨げることは出来ないのだ。

 

最後に、国は村山談話を踏襲する前に、英霊との約束を守れと言いたい。

 


なかのひと

 

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2008/07/16

靖国神社「みたま祭り」

都内在住でも無ければ、都内に通勤してるわけでもありません。
ましてや「ヒマ」な訳でもありません。
でも、何故か今年はいかなければいけない気がしたのです。
行って参りました。
ほとんど「つのだ☆ひろ」のコンサートを聴いていただけのような状態ですが・・・。
コンサートは淡々と「奉納コンサート」として行われました。
その間は特におしゃべりもあまりなく、演奏のみ。
しかし、アンコールの時つのださんは言いました。
「皆さん、日本という国は本当に良い国なんです。でも日本にいるとその良さがわからない。どうか、この素晴らしい国を悪くするようなことだけは止めて下さい。それは一人一人の心がけしだいです」
その通りですね。
誰それが悪い、と言うのは簡単。
だけどね、国民がしっかりしていればこの国は大丈夫とも思うわけです。
本当に危ないのは「こんな国無くなったって構わない。イザとなればどこかに移住するから」などと無責任な行動をとる時だと思うのです。
我々一人一人の力は小さい。
だから、「俺一人がなにかして、何が変わる?」と思うのではなく、
「たとえ俺一人だとしても、自分は日本人として生まれたことを誇りに思う」
そう考えて行動することが大事なんじゃないでしょうか。

そんな事を考えさせられたみたま祭りコンサートでした。

つのだ☆ひろ コンサート

つのだ☆ひろ氏のドラムが上手いのは、当然だけどサックスの堤智恵子さんの演奏がなかなか良かったな。
サックスにハイノートって言うのかどうか知らないけど、高音が響いていて良かったですよ。


小林よしのり氏献灯


伊東四朗氏献灯

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2008/01/03

一般参賀に行ってきました。

2日の一般参賀に行ってきた。
靖国神社にも参拝する予定だったので、朝に身体を浄めるため(?)風呂に入っていたので1回目には間に合わず、2回目の参賀に。
当日は雲一つ無い快晴で、日差しを浴びていると汗ばむくらいの良い天気。
あいにく、私の立っていた場所からは距離があり、天皇陛下のお顔の表情までは見えなかったのだが、高貴なお方の雰囲気だけは感じることが出来た。
心配された紀子様、雅子様も参賀には出席されていたので一安心。
ただ、紀子様は7回の全てに出席されたようですが、雅子様は午前の3回だけだったとのこと。
なんだか、行く末が案じられるね。
まぁ、新年早々そういう感想は不謹慎と思うのでこの辺で。

それにしても外人さんが多いのは意外。日本人なら、純粋におめでたいという気持ちで参賀に行くのは自然な感情かなと思うのだけど、外人さんはどんな気持ちで行くのだろう?
単なる物珍しさによる好奇心?
韓国の人もいたけど、どういう理由なのか一寸気になる。
まぁ、そう言うのは無視して、そういうのは気にしないことにしよう。

日本人なら、日本国の象徴としての天皇陛下を崇めるのは当然だと思うし、御尊顔を拝見できるだけでも参加する意味はあると思う。
国父、国母としての天皇皇后両陛下と一緒に新年を祝うことが出来る場にいることは幸せなこと、喜ばしいことなのだから。
来年もぜひ参加したいモノだ。

その後歩いて靖国神社へ移動し、昇殿参拝も済ませてきた。
新年の昇殿参拝では、一人一人の名前をちゃんと読み上げてもらえるのでこれはなんとも嬉しい気分。

遊就館では「明治大帝と乃木将軍」という映画を見た。
まぁ、明治天皇と乃木将軍については色々と感じるところはあるけど、そことは一寸離れた感想を。
よくある突撃作戦というのは、もう少し戦略、戦術としても考える必要があるのではないかな?
ベトナム戦争のアメリカ軍も似たようなことをやっていたらしいので、昔は兵士は使い捨てと言う感覚はどこでも同じだったのかも。
そういう意味で考えれば、神風特攻隊などは「人の命を無駄にして、バカなことをして」と現代の知識人からは非難されるけど、それは違うのではないかなと思う。
敵の機関銃が待ちかまえているのを知りながら陣地確保の為突撃するのも、体当たり特攻をするのも昔は同じレベル(貶める意味ではなく)だったのではないかと思うのだ。
勝つためには誰かがやらなければいけないなら、やらないといけなかったのでしょうし。

昔、武道を習っていた先生の戦争体験を聞いたことがある。
先生は敵との戦闘で日本刀で相手を切ったことがあったそうで。
いくら剣道の高段者でも、生き死にの場で相手と対すると腕はガチガチ、脚は震え、相手を切った後も震えが止まらなかったと。
私の様な平和な時代に生きている人間には本当の怖さは分からないと思うけど、その怖さはもの凄いモノだろうなと思う。
そういう恐怖に耐えて戦った先人(私の父も含め、日本だけではなく相手国の兵士も)は立派だったなと思う。
現代の価値観で過去を裁いたり批判したりするのではなく、当時の日本やアジアの状況を思えば、私たちはなんと誇り高き先人を持ったものかと思う。
不幸にして亡くなられた英霊のおかげで、今の平和な生活を享受できているのだと感謝する気持ちは、日本人なら当然有って然るべきものだ。
そう言う気持ちがあれば、「戦争反対!」という人だって、靖国神社に参拝することは決して戦争賛美とかにはならないはず。

いつもながら靖国神社に参拝すると、俗な私でも、身が引き締まる気がするし、平和を守るために何をしなければいけないのかと、自問自答する。

追記:
それにしても、あの右翼の馬鹿者どもが周囲を威圧するようにして、靖国神社を我が物顔で闊歩するのを見るのは情けない。
ああいう連中が、靖国のイメージを悪くする一因。
まぁ、構成員が在日が大半らしいし、暴力団の隠れ蓑だということだから存在を無視するに限る。

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2007/11/06

うそつきじいさん、賞だけは欲しいか?

この人の年齢から言って、言ってることが信じられない。
この人は、
>「先の戦争で多くの仲間が特攻隊として死んでいった。とても立って(国歌を)歌う気になれない」<
と言ってるそうだけど、終戦は1945年、特攻は1944年から、つまり戦後62年としてもこの人は終戦当時14歳だったことになる。
どうやったら、「多くの仲間」が特攻隊で死ねる年齢なんだよ!?
と言いたい。
そんなに日の丸、君が代が嫌いなら、いくら自治体の賞だからといってもらうなよ。
結局、タイトルの通りそつきじいさん、賞だけは欲しいか?」と思わざるを得ない。
浅ましいねぇ。

<追記:
私の父親は戦争にも行って、シベリアにも抑留された。当然、仲間も多く死んだと思う。
でも日の丸君が代を嫌いだとは言わなかったし、祝祭日には日の丸を掲げていた。
また天皇皇后両陛下の写真だって家にはちゃんと飾ってあったよ。
ちなみに私も祝祭日には日の丸を掲揚している。

このじいさん、「戦時体験」はあるかもしれないけど「戦争体験」は無いんだよね。
そう言う人が、「日の丸君が代に嫌悪感がある」なんて、おまえが言うなという気分だ。
もっとつらい思いをした人達が大勢いて、そう言う人達が言うならまだしも。
追記:ここまで>

まぁ、北海道だからねぇ、仕方ないか。
(多くの北海道民のみなさんはまともだと思うけど、北海道新聞とか道教組の活動を見ると、そういうことの結果かなと思わざるを得ない。まともな北海道民のみなさんにはご免なさい。)


<以下引用>
札幌市内のホテルで行った北海道文化賞贈賞式で、壇上にいた受賞者の1人の演劇演出家、鈴木喜三夫氏(76)と夫人が、国歌斉唱の際いったん起立したものの、国旗に背を向けたまま自席に着席し斉唱に参加しないという一幕があった。
道教委は入学式や卒業式で国歌斉唱の際に起立しない教職員を処分しており、「道教委の行事で国旗・国歌を尊重しない行為があったことは問題だ」との声が上 がっている。道教委は「こういう事態は聞いたことがない。事前にこういう考えの人だとは聞いていなかったので、事情を調べる」(吉田洋一教育長)と当惑し ている。
式典後、鈴木氏は「先の戦争で多くの仲間が特攻隊として死んでいった。とても立って(国歌を)歌う気になれない」と語った。

<引用ここまで>

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2007/08/15

8月15日

終戦の日。
朝一番に靖国神社に参拝をしてきた。
そしていつも通り、昇殿参拝もさせていただいた。
昇殿参拝が朝8時からのため、その待ち合わせ中、隣にいた川崎の女性(多分20代後半から30代前半)、奈良の男性(おそらく60代)と少し話を。
川崎の女性は初めての昇殿参拝だとか。
戦争について知れば知るほど理不尽さを感じ、是非とも靖国参拝したくて、仕事明け(バーをやっているらしい)に駆けつけたとのこと。
若い人、特に女性には靖国神社は縁がないものと思っていたのだけど、こういう風に考えてる人もいるんだな、と頼もしく思った。
奈良の男性は今年で四回目。夜行バスで来たそうだ。
靖国神社には父上が祀られているとのこと。
それぞれに思う事は違うのかも知れないが、三人とも、国の代表たる閣僚、まして総理の参拝がない事はおかしいと言う事で意見が一致。
安倍さん、最後の支持層からも見捨てられつつあるかなと感じた。
安倍さんには信念があるのか私の疑問符が最近富みに大きくなる。イライラ感のみ募る。

その後、VIP用(?)参拝口で待っていると、デビ夫人、石原都知事、津川雅彦氏のお三方の参拝に出会う事が出来た。
それぞれにオーラがあると感じた。
特に石原都知事は丁寧に参拝客にお辞儀をしていたのが印象的。モーニング姿の正装だった。
津川氏は映画「プライド」で東条元首相の役をやった事もあり、思わず「おぉ!」と驚く。
最初、どこの右翼の大物か?と思ったほど存在感がありますなぁ。

それにしても今年も暑い一日だったな。
去年の小泉首相の電撃参拝のマスゴミヘリコプターの騒音や混乱と較べると、今年はマスコミも静かだったかも。

しかし、閣僚で参拝は高市早苗氏だけですか。情けない。
せめて小池防衛大臣くらいは参拝して欲しいものだけど、そしてもちろん安倍総理にも、と思うがそれは望み薄。
なんだかなぁ、やるせない思いです。
安倍さん、もう駄目かも。

追記:小泉前首相が今年も参拝されたそうで、嬉しい限り。
でも、これだと意地でも安倍さんは参拝しないだろうな。なんだか大人げないよね。
朝一番に参拝するのではと思って、朝早くから行っていたのに残念だ。

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2007/08/13

個人の自由?

「閣僚と言えども靖国参拝は個人の自由」、それって本当にそう思っているの?
だとすると情けないやら、呆れるやらだな。
少なくとも「靖国で会おう」と言って送り出した兵士達に対し、今でも日本国政府は責任が有ると思うし、それだからこそ慰霊は国の責任としてちゃんとやるべきでしょう。
百歩譲って閣僚の参拝が個人の自由だというなら、逆に安倍総理は日本国の代表として参拝する義務が有るんじゃないの?
もしそれも「個人の自由」と言うなら、今後日本国が他国に侵略されて交戦しなければいけなくなったとき、「戦争に参加するかしないかは個人の自由だ」と言われても反論しようがないのではないか?
靖国参拝とはいかなる意味があるのか、もう少し国政に関わる人はまじめに考えて欲しいよ。でないと、戦死した英霊が浮かばれないよ。

それにしても、安倍首相の言葉はあまりに軽い、軽すぎるよ。

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2006/08/17

「分詞要求」と「分詞すれば・・」の誤りの証拠だね

分祀でも靖国参拝容認せず 韓国政府が内部確認
韓国の聯合ニュースは16日、小泉純一郎首相ら日本の政治家の靖国神社参拝問題について、A級戦犯が分祀(ぶんし)されても参拝は容認できず、問題解決とはならないとの考えを韓国政府が内部で確認したと伝えた。

韓国政府は15日の小泉首相の靖国参拝に対し「A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社」との表現で非難したが、今後は分祀問題よりも首相ら政治指導者の歴史認識の改善が最重要との方針で対応する姿勢を示したといえそうだ。

韓国の青瓦台(大統領官邸)関係者は聯合ニュースに対し、靖国神社内の「軍事博物館」である遊就館が侵略戦争を美化する施設と指摘、分祀した後に政治家らが参拝しても容認できないと述べた。(共同)

(08/17 00:31)http://www.sankei.co.jp/news/060817/kok006.htm

 

 

ほらね、彼らにとって靖国神社に「いわゆるA級戦犯」が祀られていることが大事なのではなく、とにかく日本批判がしたいだけなんだよ。(まぁ、皆さん分かっていたことだと思うけど)

また、彼らに迎合して「靖国神社に分詞要求を!」とか言ってる人もこれで気が付いたでしょ?分詞しようがしまいが関係ないんですよ。 (これも、どんなに言っても理解できないだろうし、しないでしょうけど)

 

日本人は(私も含め)、「波風たてないようにここは私が折れましょう」というのが多いけど、そう言う態度は対外国には通用しない感覚だと自覚しないといけない。 

外交において、一つ引いたらその倍は損害を被るというのは過去の歴史が物語っている事だと思うよ。


さて、韓国が批判している遊就館の展示内容だけど、私が時間をとってじっくり見た限り 、決して「侵略戦争を美化する施設」なんかじゃないと思うね。

強いて言えば、あれは「大東亜戦争は侵略戦争ではなく、自衛の為の戦争。止むに止まれず戦争に追い込まれてしまった歴史」を展示していると思う。(で、その際立派に英霊達は戦ったと、そう言う美化は当然ある)

大体、韓国などと言う国は日本のおかげで独立国に成れたくせに、何をトチ狂っているのか?本来なら日本に足をむけて眠れないはずなのにね。ま、劣等民族だから仕方がないか。 

未来を見ず、過去にばかり囚われている国は不幸ですな。

同様に、日本に住んで権利を最大限に享受しておきながら、日本を悪し様に非難する似非平和主義者(似非日本人?)達も、自分達だけで善人ぶっているつもりだろうが、内乱の種になるようなら許さなれない事だ。

日本人というのは、得てして我慢の限界を超えるとその熱気はもの凄いことになるんだからね。その炎に焼き尽くされないようにしておく事だ。

 

追記:もし日韓が交戦状態になった場合のシミレーションが韓国自身で行われてるらしいよ。

 

映画ではなく現実に韓国と日本が軍事衝突をした場合、結果はどうなるのか。専門家の多くは、「客観的な戦力で必敗」と分析する。
<中略>

 空軍力の
核心が情報監視能力という点を考慮すると、韓国と日本の空軍力は比較にならない。日本はE767AWACS早期警報統制機(4機)とE2Cホークアイ早期
警報機(13機)の17機を運用しているが、韓国は先月やっと米ボーイング社のE737に機種を決め、2012年以降に4機の空中早期報知機(EX)が導
入される予定だ。一言で、韓国戦闘機が出撃すれば、日本によって撃墜される可能性が高いということだ。

陸軍戦力のみ韓国がリードしている。歩兵数で56万人対約14万8000人と3倍を上回り、保有戦車も約2500台対約1100台で2倍を超える。しかし、現代戦では先端戦力である海空軍が戦力の優劣を分けるのに決定的な影響を及ぼす。

自主国防のため、国防費を増額しなければならないと主張する「自主国防ネットワーク」のシン・インギュン事務処長は、「現代戦では、李舜臣(イ・スンシ
ン、1545~1598、朝鮮時代の将軍)将軍のように鳴梁(ミョンリャン)海峡を利用して勝利することはできない。勇気だけで敵を制圧することもできな
い。先端兵器と装備の性能差が勝敗に直結する」と述べた。
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=050000&biid=2006081443028

 

意外と冷静に分析してるんだよね。してみると頭が悪くてカッカとしてるのは大統領近辺だけか? 

それとも「戦争は戦力だけで勝敗が決する物ではない!」とか「一太刀でもくれてやれば満足」なんて考えなのかな?

有りそうな国だけど。 

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2006/08/15

靖国神社参拝

今日は靖国神社に参拝に行った。
昨日は会社の確定申告をすませ(一応、会社の社長さんなので)、税金も払ったので一段落。ならば是非ともこの時に靖国神社に参拝したいと思った。
理由の一つには特定アジア3カ国の執拗な内政干渉に抵抗したいと言うこと、もう一つは小泉首相が参拝されるという日なので、参拝者が少なくては意味が無い。私一人が行こうが行くまいが大勢に影響は無いとは言え、やはり自分に出来ることをしたいと思ったこと。
遅い時間になると混雑するので、早めにと8時過ぎ位に到着。
まず、一般参拝をすませ次に昇殿参拝の申し込みをし、他の大勢の参拝者と一緒に本殿にて参拝を済ませた。
本殿には小泉首相の献花が飾ってあった。後になって知ったのだが、小泉首相は7時45分頃に参拝された由。残念。多分、早朝の参拝になるだろうとは予想していたが、やはりそうだったか。ならば、もっと早くに来るべきだったと反省。
靖国神社の参拝は過去にもあるが、終戦記念日の参拝は初めて。また本殿への昇殿参拝も初めての経験。
一言で言うと、感動モノだ。神社仏閣に詣でるとなにがしかの緊張感を感じるものだが、靖国神社の場合、もっと違うものを感じる。そしてさらに昇殿参拝は
今までの一般参拝とは全く違った空気を感じる。本殿に飾られてあるのはあれは鏡なのだろうか?異次元への入り口と言われれば納得しそうな厳かな雰囲気があ
る。


靖国神社に参拝すると何故か泣きたくなる。英霊の方達はどんな心境で戦地に赴きそして死を受け入れたのだろうか。無念ももちろんあっただろうが、それだけではないと思う。
薄っぺらな言葉では語り尽くせないものだったと思う。そういうものに対して泣きたくなるのだと思う。


「戦争反対」それは聞こえの良い言葉だと思うが、戦争反対を唱えたからと言って他国が侵略してこない、戦争を仕掛けてこないと言う保証はない。戦わなければ、自分達の国そのものが無くなってしまう。そんな時戦争反対の言葉はあまりに無力だ。
戦争の悲惨さを言うだけでなく、戦争を仕掛けられない国にするためにも目を瞑っていてはいけないとつくづく思う、そんあ靖国参拝であった。

 

追記:小泉首相の会見全部の動画がアップされてます。どうせマスコミは切り貼りして情報操作、捏造をすると思うので、是非全部を直に見聞きしましょう。マスコミの情報操作に負けてはいけません。

http://www1.ntv.co.jp/news/wmtram/news.cgi?movie=060815029.cgi.300k.64781.html 

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