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2007/11/20

語るに落ちる、とはこのことか

大体において、この二宮清純なるスポーツライターって品性がないでしょ?
以前、テレビ番組で激昂し、自分が持っていた原稿を相手に投げつけたりしていたよね。
亀田一家や朝青龍問題でも、随分と汚い言葉を並べていた。
そして、これですか?

 >北京五輪では会場の風景や風の流れを事前にチェックすることのできる中国人選手が圧倒的に有利である。応援者は白い服を着て相手の正面に座り、日本人選手 を正面に迎えたときには黒い服に着替えるというのはどうだろう。決して褒(ほ)められた行為ではないが、表彰台の独占を狙う中国勢と戦う時には、このくらいのしたたかさは持っておいた方がいいかもしれない。(スポーツジャーナリスト・二宮清純)<

勝てば良いんだ。その為には応援する側もなんでもありですか?
しかし、選手はそれで勝って嬉しいんですかね。
少なくとも多くの日本人は、「見苦しい、はしたない行為だ」と言って勝者を称えたりしないだろう。
この人、亀田大毅の試合の時はなんて言っていた?「勝てばいいのか?」とか言っていなかった?
そして、そんな勝者に真っ先に罵声を浴びせるのがこの人だろうことは予想できる。
「同じ日本人として恥ずかしい。応援する方にもマナーがあるし、今度の勝利は手放しでは誉められない」
とか何とか屁理屈をこねてね。
ま、所詮その程度の人間だって事ですね。
恥ずかしい。

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